2010.04.09 艾瓦多 vs 卡斯提
第一打席 http://www.youtube.com/watch?v=6u55iBKwOsY
第二打席 http://www.youtube.com/watch?v=6346NOxL1AQ
92年 西武vsオリックス 17回戦 <油断大敵> (via ASAKIN123)
1992.07.31 西武球場
オ 010 133 103 12
西 000 402 043 13
今日のヤクルト×横浜戦は壮絶な馬鹿試合だった。4時間かかって勝ちゲームを落とした横浜のファンは帰りの足取りが重いに違いない。そして、個人的に思い出さずにはいられないのが、18年前の上の動画の試合。(というかYouTubeにアップされてるのが驚き)
当時埼玉県に住んでいて、10年近く西武球場に通っていたのに、西武が負けるところを一度も観たことがなかった。九回表を終わって12-10。秋山にホームランを打たれて1点差に迫られたけど、二死走者なし。石毛は塁に出したけど次のバッターは苫篠。ようやく西武が負けるところに立ち会える。そう思った。しかし平井正史が入団する以前、この球団には信頼できる抑えがいなかった…。
夜の10時過ぎまであの山奥の球場にいて、帰らなきゃならないのが辛い。試合時間が長かったので300円で3個入った冷凍みかんを2つ食べてしまって気持ち悪い。秋津から新秋津までの道のりに人の気配がない。明日から8月、夏休みも残り1ヶ月を切ってしまう…。とても暗い気分だった。
やっとの思いで帰宅してプロ野球ニュースを見たら、土井が試合終了前に帰り支度をはじめている事に気づく。もう死んじゃったけど、この時は心の底から「土井死ね」と思った。イチローを見出せなかったからヘボ監督なんじゃない。根本的にヘボなんだ。
ちなみに、西武が負けるところをこの目ではじめて見たのは3年後の1995年9月19日、パリーグの優勝が決まった日であった。この時の最後の打者は、上の試合でサヨナラ打を放った吉竹だった。吉竹の打球をファーストの藤井が捕って、ベースを踏むまで気を許さなかったのは言うまでもない。
昨日、天気が良く暖かかったので、昼休みに散歩がてら岡本太郎記念館に行ってきた。岡本太郎は近鉄の猛牛マークをデザインしているが、実はあの猛牛マークとは別の案もあったとか。その幻の猛牛マークが今週末で終了する「いきもの」展で公開されている。
幻の猛牛マークを見た感想は、「何じゃ、これ…」という感じ。はじめは目玉が人の頭に見えて、力士の弓取りかと思った。でも冷静に考えると、こっちのほうが目に特徴があって岡本太郎らしいというか、一般的に知られている猛牛マークは、岡本太郎の作品としては異質である。
「自分では気に入ったのだが、どうもこんなのはうんと強いチームじゃないと、千葉君には悪いが、シャレにならない。」とこの幻のマークを引っ込めたのが凄い。弱いチームにシャレにならないユニフォームをデザインした某三宅一生とは雲泥の差を感じずにはいられなかった。
http://www.flickr.com/photos/boomer44/sets/72157623381894187/detail/
台湾プロ野球関係者とみられる複数人が山北茂利投手(31=前横浜)らを呼び止め、何やら話し合いを行った。 11月25日 13:12:37
林恩宇投手(28=前楽天)は5打者に対し1四球も、無安打の好投。その後、トライアウトは休憩に入った。 11月25日 11:48:15
5番手マウンドには林恩宇投手(28=前楽天)。金子洋平外野手(28=前日本ハム)を変化球で空振り三振。西谷尚徳内野手(27=前楽天)には137キロ直球で左飛。呉本成徳内野手(28=前横浜)を変化球で見逃し三振に仕留めた。 11月25日 11:44:06
あれ、林恩宇は台湾に帰ったんじゃなかったのか。林恩宇は2年前の世界盃で郭泰源監督に酷使されなければもう少し結果残せただろうなぁ…。
山北を呼び止めた「台湾プロ野球関係者」はやっぱり牛の関係者だろうか。去年も長身左腕の正田を獲ったし。それにしても「山北茂利投手(31=前横浜)ら」の「ら」が気になる。阪急最後の投手・高木晃次はトライアウトに参加したのだろうか。
神宮なら昼休みに見に行けばよかった。